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日記

昨日は頭が痛くて、ずっと痛くて、痛いという感覚はこんなにも体を不便にさせるのかと思い知らされた。

今日は今日で、お腹が痛い。寝た時間は遅かったけれど朝早くにおやつのニャーで目が覚めて、それからずっとお腹が痛い。

体は素直だな。私がきっとこのブログで、しんどいよと書くだけでは物足りないんだ。頭を痛くしたり、お腹を痛くしたりしなくてはいけないほど、きっと疲れている。

横になることも疲れる。なんで私はお外でお散歩をしたくてもできないでいるんだろうとか、ドライブして海まで行きたいのにできないでいるんだろうとか、考える。できないことはないんだ。ただ、元気があまりにもないときにしてしまうものに見合う対価を支払う自信がない。帰ってきてからの反動も予想がつくから。ない元気をすり減らしてまで出歩くことが、きっとつらい。と、考えてしまう横になっている時間もつらい。

 

以前、考えることは贅沢だと言った。

その思考は変わらない。変わっていない。

考えさせられることが不自由で、無駄に感じとってしまうこの感覚が不必要なんだ。

 

つらいということばを書いたり言ったりすると、きっともっとつらい。

読んでいるひともつらい。

つらいというか、楽しくない。

でも私は、つらいとしっかりわかっていることを体に伝えなくてはいけない。

わかっているから、もうどこも痛くしないでほしい。

どこもかしこも、もう痛いからやめてほしい。

何かあったわけでもないのに、突然つらい気持ちになることもわかっているから、もう暴れないでほしい。

私も私を抑えきれなくて、どうしようもできなくて、ただずっと泣いているだけで、体の水分がぜんぶ涙で出ていってしまう。

泣きすぎてまた頭が痛いから、体が冷えるくらいの水分を摂った。本当に私の体はポンコツになってしまっているから、すぐに出てくる。無理して摂った意味がないんだ。クソの役にも立たない。

 

テレビの音、同居人の声、救急車のサイレン、ぜんぶが耳障りで、ずっとお布団を被っている。

すきなドラマを観ることができなくなった。たった1日2日のことかもしれないけれど、衝撃が大きい。

カーテンの隙間からのぞく光も、今は不快な刺激でしかない。あたたかなおひさまはきっと優しいけれど、拒否反応が出ている。体が痒くなって。

 

昨日の夜は頭痛のお薬をのまなくてはならなかったから、鍋焼きうどんを食べた。

光や音がずっと私に刺さってくる。

限界だった。

頭を抱えて1時間もかけて食べた。無理してでも食べなくてはならないと、母に言われた。食べるということさえ苦痛に感じたのも、久しぶりだった。

むかむかしてきて、いつ飛び出してくるかわからない鍋焼きうどんを、必死に押さえつける努力をした。飲み込め飲み込めと念じて、出るな出るなと祈った。

 

なんともない、という状態って、どんなだっただろう。忘れてしまった。

どこかしら痛い、何かしら頭にこびりついている、眠りについたら夢でさえ私を脅かしてくる。

いつまで続くのだろう。

 

お仕事、どうしよう。

辞めたほうがいいのかな。

その前に辞められるのかな。

辞めるってどうすればいいのだろう。

これは私の人生のうちの、数行の出来事なのだろうか。それとも何ページにもおよぶものなのだろうか。

私は私の尻拭いさえできない。辞めるにしても、続けるにしても、サポートとか援助とか、そういうのをしてもらわなければならないんでしょう。

そういうの、もう嫌だな。

ひとは支え合って生きているっていうけれど、私は誰かの支えになっている気もしないし、これからだって不安だよ。

もちろん、支えたい気持ちはあるのだけれど。

気持ちだけじゃだめなことだって、あるし。

うまくいかないですね。

 

決断とか、相談とか、もう誰にしたらいいのか、どれがいちばん正確なのか、よくわからない。

放棄というものができたらいいのにな。

時々、前のめりな気持ちとは裏腹に、体がもうだめだよと声を枯らして叫んでいる。

 

死ぬことは楽になるのか、考える。

死んだことがないから、考えるのは楽しい。

ただ、そんなに死にたくはない。死に対しての好奇心があるだけで。恐怖心も持ち合わせているから、まだ大丈夫。

宗教的に神様になるとか輪廻するとか、物理的には燃えて灰になるとか煙になるとか、それはわかるけれど、意識はどこに向かうのだろう。

死んだら意識は浮遊するのだろうか。それって地縛霊とかいうものなのか。

そんなのになってお祓いとかされたら嫌だなあと思う。

ただ、私は確かに生きていたよって、どこかに残るといいなとは思う。

跡形もなく忘れ去られて、誰のことだっけって、そうなられるのは寂しいことかもしれない。教科書になんか載らなくてもいいから、誰かに覚えていてほしいな。

 

眠りたいな。

できれば夢はみたくない。

さっきみた夢は、高校生のときの夢だった。

知らない大学に受験するために、小論文の書き方を練習する夢。

学びに対しての欲がまだあるのだなと思った。

もう思いたくない。知れば知るだけ手を伸ばしたくなるものは、今はもう抱えきれない。処理もできないと思うし。

 

文字にしようと思っていたけれど、頭が痛かったり、全然書きたい気持ちにならなかったりで、おさまりが悪かった。

よく書けたな、私。

ゆっくり眠れるといいね。