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今日は今日でまた寒くて、お外に出るとおやつが何度も私の指に擦り寄ってきた。かわいいなあ。慰めてくれているのかとも感じるほど、今の私は痛々しく見える。

 

上司とは約束を交わした。来週の水曜日までに、最終的かつ具体的な判断をしてほしいとのことだった。なんて薄っぺらいのだろうと思ったのはここだけの話。上長としての考え、一個人としての考えをお話ししてくれたのだけれど、優しさはこもっていたのだけれど、それだけ。過程をすっ飛ばして、残るのはそれだけ。

 

付き合っていた彼ともお友達になって、よかったと思っている。(ここに書かれたら嫌だろうか。)

私たちの関係にはきっといろいろな棘があって、その痛みを毎回乗り越えて、血が出てしまう度に涙をのんでいた。私も私の知らないどこかで、きっとそれが苦しかったし、彼もそうだったと思う。今まで優しさでくるんでくれた彼にはとても感謝しているし、人生の中で2年近くぎゅーっと縛り続けてきたことに、ごめんねと思う。

毎日いっしょに歩く度に、きっと痛い痛いと泣いてしまっていた私もいたかな。働いて帰ってくる彼はとても眩しかったし、輝いていたし、私はどん底に突き落とされてしまったような気分になる日もあった。もうそれは、笑えてしまうのだけれど。秘密にしていたこともあるかな。きっとお友達になったから話せる日が来るかもしれない。そのときは背中をさすって聴いてほしいな。

 

今のいちばんの悩みというか、不安の種というか、そういうのはお引越しのこと。

親子関係というものがぐちゃぐちゃの私は、5年くらい前にもっとぐちゃぐちゃになってしまっていて、アパートを引き払うためのお引越しにそれが絡んできた。

誰がいちばん悪いか、なんて話をしたってキリがないのだけれど、私はこの何年間かで私のしたことに対していまだに△をつける。母のパートナーに対して放ったことばとか、態度とか。歩み寄るタイミングも間違っていたし、近づくきっかけも下手だった。とりあえずみんな複雑に絡まりすぎて、ほどけなくなってしまった毛糸みたいになっている。まったく、私ももう少しにこにこできるお人形のようだったらよかったのに。

 

中学生のときからのお友達が連絡をくれた。

私がお引越しをしてきて、彼女のご実家が近所になったのも5年くらい前のお話。その立派なお家を目にする度に、ああ彼女はどうしているのかな、と、密かに思っていたよ。

体調を崩してしまって、きっと考えるとか感じとるという時間が余計にできてしまったのではないのかな、と少し思った。なぜ余計とつけたかは、きっと彼女もわかっているはず。ただひたすら、何かを考えたり行ったりすることでしのげていたものが、いきなり見えてしまって困っているのかな、とも感じた。

でも大丈夫だよ。私がいるからね、と言えるようになりたいな。何もしてあげられないけど、ここにいることはできるからね。

 

今日はお腹もいたいし、なんだかそわそわしてしまうし、結構散々だったかもしれないな。

ただ、そのお友達が連絡をくれたこと、お友達が増えたことは、うれしいことだった。ありがと。

なんだかうたいたいなあと思ってインストールしたカラオケアプリ。聴きたいと言ってくれたお友達に教えてあげた。なんだかとても褒めてくれて、こちらもとてもうれしかった。褒められることって、今の生活じゃなかなかないからかな。肯定されている気分って、こんなに心地よいものなのかと感じることができました。ありがと。

 

ありがとって言えるのは、まだまだ周りのひとにだけ。これでも今の私はだいぶ進歩したのだけれど。

いつもお薬をのんでなんとか頑張ってくれている体には、ありがとって素直に言えない。どうしてなんだろう。ゆっくりと眠りにつく時間が朝にずれ込んできているのもよくない。どうもまだポンコツだと思っている。だからなのか。

 

今日はお薬に頼って眠る。

今日もお疲れさまでした。