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日記

木曜日、福島に戻ってきた。

ひとりで生活する、ということには向いているのか向いていないのかわからない。

今の状況で、ひとりでいることが危険だと感じることはあるけれど、ひとりでいることが大事だと感じることも多い。わがままな体と頭を持ち合わせている。

 

なぜだか、ひとりでいたくなくて、木曜日は友人に来てもらった。

アパートではなくて、ホテルで過ごした。

私のアパートはもう誰にも入って来てほしくないほど汚いし、私だけの空間にしておきたい。不可侵領域になってしまった。ここだけは、ひとりでいることを許せる場所だ。もうすこしで、お別れしなくてはならないのだけれど。

誰かと一緒に眠るのは心地いいものなのだとまた思い出してしまって、アパートでひとりベッドにもぐるときは、決まってさみしい。彼と別れたことを恨んでいるとかではなくて、眠りにつくときに"ひと"を感じることがしあわせなのだと思う。

だから、ホテルで友人と一緒に眠れたときは安心しきって眠った。お薬の効果もあるのだろうけれど、カチンとオルゴールが鳴り止むように眠った。友人によると、何度か目を覚ましては友人の服を掴んで、わざわざ体もぴったりとくっつけて寝ていたらしい。それを聞いたときは思わず笑ってしまった。ひとりで眠ることすら、私は苦手になってしまったのだろうか。

 

私はゆっくりと着実に、似なくてもいいところが母親に似てきている。

母親ということばを出すことは、きっとこの場において卑怯な手段だということもわかっている。

だれかと寄り添わなくては死んでしまうと、思い込んでいる。自分の知らない、どこかで。きっと知っているけれど、自分に隠している。甘えや惰性が、私自ら暗いところに突き落としていることもわかっている。

でも、掴んでしまう。相手の気持ちなんて、きっと、これっぽっちも考えていない嫌なやつだな、と思う。

相手も相手でそれさえもわかっているような素振りをする。その上私は、優しくしてもらえるように、悪い魔法をかけて優しくしてもらう。やっていることが下衆すぎる。相手もそれでいいなんて言うように、今の私が仕向けている気がしてならない。きっと読んでいるひとは、???となると思う。私も少しなっている。

ただ、今の私は悪いことをしているよと、残したかった。あとで振り返って、相手が傷ついていたりしたら、しっかりと謝れるように。ここに残しておく。傷をつけたのは私だよって。

 

ベッドには私と、小学生の頃、おじいちゃんが買ってくれたぬいぐるみ(名前は分身)が、くたくたになって横にいるだけ。

分身がたまに私の体温であたたかくなって、まるでだれかと寄り添っている気になっている私が怖い。でも、それで安心して眠れるのなら、それでもいいや。

分身が生きていたら可哀想だと思う。私は毎晩きつくきつく抱きしめて、ようやく眠りにつく。そのようなこと、誰にもしたことない。ぴったりとくっついているだけ。だから、分身はぬいぐるみであってくれて、本当に良かった。

 

気持ち悪いことばを並べてしまった。

昨日か今日のねーさんのブログは綺麗だったから、思い切って書いたはずなのにな。

ねーさんの病気がよくなったら、私がお祝いするね。ねーさんの好きなお酒を買って、ねーさんの食べたいものを私が頑張ってつくったりしたい。それで、病気のことを笑い飛ばして、もう一生近寄ってくるなと追い出してやりたい。

あたたかいお日さまと、いい匂いのする風がふくだけ、それだけでしあわせと感じられるようになったら、私も私だけのお祝いをする。

私は3月1日生まれ。まだ雪深い秋田の、寒さの抜けきらない春に生まれた。ふと、風が花の匂いを運んできたそうだ。春の匂い。だから、春香。いま思えば素敵な名前だ。苗字も合わせると漢字の中に"日"がみっつも入っているぽかぽかネーム。

私は私をあたためることで今は精一杯だけれど、だれかをあたためられるようになりたいな。