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ちかく、雪が降るらしい。夜はコートを羽織っても冷たくて、マフラーが欲しくなるようになってきた。
ごはんもろくなものを食べていなくて、私は着実に防御を固めてきている。食べるという行為よりも、詰め込むという作業に近い感覚。土鍋でインスタントのらーめんを作っては詰め込んで、また作っては詰め込んで、ナタデココのゼリーを詰め込んで、大きなポテトチップスまで空にする。ひと通り落ち着いたら、何でこんなにも満たされないのか、お腹の痛みとともに冷静になって考える。
一昨日は朝方に急激にお腹が捩れるように痛くなって、お手洗いへ駆け込んだ。シャワーを浴びたくなるほど汗をかいたけど、疲れてもう動けなくなっていた。
何週間何ヶ月単位で書かなくなったブログに手を出したのは、今日みた夢のせいかもしれない。
今日はまた朝方に目が覚めて、それからまた眠った。約束があったけど、また今度にしてもらった。お薬をのんで眠ったから。
朝からお昼にかけてみた夢は、歯医者さんに行く夢だった。
私は幸運なことに今まで虫歯になったことがない。今は定期検診に行っていないからわからないけど、頬が腫れたり歯茎が膿んでいることもなく、歯もいろいろなものを丁寧に噛んでくれている。それなのに、歯医者さんの夢をみたことは衝撃的だった。
私はなぜかたくさんの番号札を持っていた。お医者さんのカルテを盗み見たのではないかと看護師さんに言われ注意された。なんでこんなに不思議なことが起こるのだろうと思っていたら、私の名前がようやく呼ばれた。
診察室にはまだまだ患者がいて、これからまだ待つのかと憂鬱になった。ふと、従姉妹がそこにいることに気がついて、おばさんも一緒だったのを見逃さなかった。実世界では、いろいろというわけでもないけど、私はおばさんと今すこし距離を置いている。私がいるとおばさんが気づいて、私のほうに歩いてきて、平日のこんな時間に病院に来られるお仕事をしているのね、と言った。
今働くことをお休みしている実世界の私は、その一言に打ちのめされて、もっとおばさんに会えなくなるのではないかと思った。実際起きてから憂鬱で堪らなかった。はやく働かなければいけないという自分でかけた呪いがとけない。お休みをするという選択をしているのも私だけど、お休みをしても休みきれていないのが事実。こころが罪悪感でいっぱいだから。
どこへ行っても知らないひとしかいないところへ行きたい。私が働いていても働いていなくても、誰も何も思わない、そんなところへ逃げてしまいたい。逃げるは恥だが役に立つ、とはこういうことなのかなと、すこし思った。
世の中から少しだけ必要とされるのであれば、それで衣食住に困らないだけの生活でいい。あとは何もいらない。いちばん贅沢なことだとわかってはいるけど、今このお家で過ごしていることが、いちばんの足枷だとも思う。他人のことで悩んで泣くより、自分で自分に困って自分だけ泣くことのほうがよっぽど楽だ。私も私で困り果てて、泣いても何をしてもどうしようもなくなったら、悪友の彼にとりあえず相談する。どうしようもなくなったら世の中とお別れしよう。結構頼りにしているんだなあ、と思って笑ってしまう。
お互いが当たり前のように、お前のこと好きだからって言えることってすごい。好きって、付き合うとかそういう好きじゃなくて、ただ単に好きということで。何か面白いことがあったら、でんわをかけてみたり。それを素直に面倒だと言えたり。くっついたり離れたりして、ようやく今の距離感が掴めた。好きだから恋したら応援するし、同時にヤキモチもやく。なかなか器用だ。
関東に行ったときはなにをお話ししたらいいのかわからなくって、終いには辛さで胸がきつくなって泣いてたけど、また会えたらいいなと思う。
そのときは一緒にお酒がのみたい。
ちゃんと笑えたらいいなと思う。