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日記

実家に戻ってきて10日は過ぎた。

お引越しは散々で、呼吸困難にもなったけれど、なんとか終わった。私はほとんど何もしていなくて、弟と、母親のパートナーと、母親がやった。お礼も言ってない。弟は私の荷物を運び出して、私の前を通り過ぎる度に溜息をつく。自分でも溜息、つきたいよ。ごめんね。

情けないなと思う。"ありがとう"が言えないというか、言わないでいる自分。"言いたくないんだもん"と、意固地になって、私の中できつく膝を抱えている自分。そりゃあ、溜息つきたくなるよ。何してるんだろうね、私。

 

実家に帰ってきてからは、何日か具合が悪くて、寝込んだり、吐いたり、下したりしていた。

食べ物にも手をつけられなくて、どうしても何か食べたいときは、夜中にこっそり、ひとりで隠れながら食べた。馬鹿みたいだ。娘であることには変わらないのに、人目を忍んで行動する。

何があったとか、何で気分が悪かったとか、あまり覚えていない。ただ、お友達と会ってお話ししたのは楽しかった。

楽しむことすら、無職の私には許されていないのだろうと、思い知ったのだけれど。

私だってこの立場にいなかったら、病気じゃなかったら、きっと、何でこんなことも出来ないでいるのに遊んでばかりいるのだろうとか思って、腹を立てていたかもしれない。だから、あまり笑わないように過ごしている。私が楽しいと、楽しくないひとが周りには多い。

 

ハローワークにも行ったんだった。

正社員というものはちょっと厳しいかな〜と思って、パートで探して、応募書類も提出してきた。

働いて家にお金を入れなさいと言われたから。

働きたいな、社会との交わりを断ちたくないな、とは思って、お仕事を辞めたら働く気ではいたのだけれど。家にお金を入れることが第一の理由になった。どうしてだろう。これ以上がっかりさせたくないからかな。

具合が悪いんですと言っても、理解されないから、ぶっ倒れるまで自分に鞭を振るってやろうとも思っているのかもしれない。死ぬ一歩手前の姿を見せたら、私のことどう思うだろう。死ねと思うのだろうか。それとも可哀想だけどとか言って、病院に閉じ込めるのだろうか。

よくわからないけれど、とりあえず働かなきゃ働かなきゃという思考にはなっている。いま応募しているところが落ちたら、また別なところを受ける。もうなんでもいい。

 

おやつは引っ越しを終えた私を待っていてくれた。車から降りると、にゃーにゃーと私の足にすり寄ってきた。雨なのに。

そんなおやつは昨日の夜、"新入り"を連れてきた。まだ小さな仔猫だった。痩せていて、おやつのお尻のにおいを嗅いで、しかめっ面をしていた。おやつと喧嘩しても、体が小さいからすぐ追いやられていた。

おやつ用のビーフジャーキーを少し遠くから投げても、においを嗅いで隠れてしまった。ただ10メートルくらい離れたところで、じぃっとおやつと私を眺めては、にゃーおにゃーおと鳴いていた。

おやつが動かないよう、しっぽの付け根をぽんぽんして、喧嘩しないで仲良くしてあげてねと言っていたら、仔猫が近寄ってきた。玄関マットで爪を研いだり、物置に入ってチューリップの匂いを嗅いだり、ダンボールに入ってみたり。

その晩は少し喧嘩したようだけど、朝には一緒にごはんを食べに来たそうだ。母親曰く、ブサイクらしい。そんなことないのに。

おやつがお父さんで、その仔猫はおやつのこどもなのかもと、勝手に妄想している。白地にところどころ、おやつと同じ色の縞がはいっている。おすわりしたときに、痩せているから頭からお尻にかけての形がおこめみたいな形になる。もし、おやつのように通い猫になったら、その子はおこめと呼ぶことにした。おこめ(仮称)は女の子みたいに、ちょっと可愛い声をしている。性別の確認はしていないけれど、女の子だったら確実に声でモテるタイプだ。

お腹が空いたら玄関で鳴けばいいよ。私か母親が外に出て、ごはんとお水を出してあげる。たまにお魚の残りもあるよ。おやつ用のビーフジャーキーもね。おやつとおこめ(仮称)が、仲良しでありますようにと願う。他のことを考えなくてもいい気がするから。

 

文字も文章も、考えてない。

久しぶりにブログを開けたから、書き殴るようにしてみた。

もう思考能力はない。5歳児並み。5歳児のほうが賢いのかもしれない。愛される術を知らないようで知っているから。

きっともう春が駆け足でこっちに向かってきている。4月が始まって、またみんな新しいことに挑戦したくなる。私もそうなりたいけれど、笑っちゃうくらい力が出ないのはどうしてだろう。言い訳を並べるばかりで、何にも手を伸ばさないでいる。良くない。

 

雨が止んだ。

おやつとおこめ(仮称)が、安心して生きていけますように。

日記

好きな時間に起きて、好きな時間に眠る。そろそろそだめなのではないかと思い始めたので、8時前には起きてみようと、アラームをかけた。起きることには起きられて、朝のゴミ出しには間に合った。捨てられるものを集めて、どうにかもう一袋ゴミがまとまった頃には、クッションに埋もれて寝ていた。

1日のうち殆どの時間をお家の中で過ごしている。しなければいけないことにも手を出さずに。私は私を甘やかし過ぎている。もうふやけてばらけてしまったから、きっとくっつけて乾かしても、もと通りにはならない。自分を甘やかすということで、何かが良くなるわけでもないのに、なんでこんなことしているのだろう。

 

最近心臓のどきどきがひどくて、何かする度に胸をおさえている。息苦しくて、どうしようにもならない。ただの肥満ならいいのだけれど、眠る前にもどきどきがしてきて眠れない。まぶたの痙攣は2ヶ月と少しでなくなったけれど、これは一体いつまで続くのだろう。

生きることって、健やかなときばかりではないのですね。からだの不調が半分以上の人生を占めている気がする。私のからだはそんなに棲みやすいのですか。はやく出て行ってほしいです。私は私のからだをはやく取り戻したいな。まずはその力を蓄えなければならない。食べたり、動いたり、眠ったりすることで、それが当たり前なのだということをからだに覚えさせたい。当たり前のことで、当たり前でなかった時間を埋めていきたい。

 

今日は朝のうちに起きて、またゴミをまとめて、福島では最後になるであろうスーツに袖を通す日。

早退を繰り返すようになって、私はお疲れさまですと言われる度に、息ができなくなるほど泣きながらお店を出た。車の中でずうっとぼーっとして、何時間も経ってからでなければ車を動かすことさえできなかった。

内科にかかったのに、心療内科をすすめられ、効き目の穏やかなものだからとクラリスを処方された。

どうして私が、どうして私がと、何回も考えて、何回も泣いた。上司には無理せず焦らずにと、声をかけてもらった。彼には背中をさすってもらった。お友達には笑いながら、私は病気なんだよって話した。

いつになったら良くなるのだろう。もう、病気だって思いたくない。前にも書いた。これは私にとっての当たり前だったって。いきなり、当たり前じゃないよと言われたって。良くなりたいという気持ちと、もうどうでもいいとかこのまま付き合わなきゃいけないんだという諦めが、私のこころで縄張り争いをしている。良くなるのだったらそれに越したことはない。でも、そうなる前にこころが折れそうだから、きっぱり諦めて生活していきたいというのも事実。実にわがままで、実に両極端で、実に殺してやりたい感情。未来なんて、もう見えない。

皮肉にとられるかもしれないけれど、彼と別れて正解だった。私という重荷を背負わせたくない。自分で自分に足枷をつけなくていい。彼には本当に夢を叶えてほしいし、素敵な世界のきらきらしたところを見つけてほしいから。ないとは思うけど、今の夢が叶わなかったとしても、たくさんの"きらきら"を見つけて笑って過ごしてほしい。思ったことを素直に伝えるのが得意でなくて、ごめんなさい。これを見たら、馬鹿なやつだから仕方ないなって思ってね。

 

1回1錠と言われているお薬を、忘れたから2回分一緒にのむのは良くない。コロネルなんかでやったら、たぶんお腹がすぐ瀕死になる。

眠ったら朝がきて、やらなければいけないことが待っている。とりあえず、お引越しの準備だけはやり遂げなければ。

夜が明けたら朝が顔を出すことも、当たり前でいるうちに、見届けたいなと思う。

おやすみなさい。

 

 

日記

干支がふた回りめに入りました。

メッセージ、お電話くれた方々、ありがとうございます。おめでとうの催促じゃないです。

コインランドリーとコンビニに行ったくらいで、特別なことなんて何もなかった。そりゃあそうですよね。何億人も地球にはひとがいて、その中のひとりが24歳ぽっちになったからといって、何かが変わったら怖いですよね。

人相の悪い65も過ぎた父が、毎年0時ちょうどにメールをくれる。ホールのケーキの絵文字つき。それからお昼前頃に電話をくれる。夜型の生活を送っているくせに、ただおめでとうの一言のために、電話をくれる。かわいいひとだ。

 

歳を重ねることに何も感じないというわけではないけれど、はっきりと何かを感じました、という感覚がない。実感のようなものがないまま、歳を重ねることはきっと勿体無いことなのかなと思う。その瞬間はそのときにしかないものなのだから、もう少し何かを感じることができたらよかったな、と思った。

私は何をすれば満足で、安心できて、はなまるをつけてあげられるのだろう。こう考えているうちに、私は私に寛容ではないことがわかった。

 

私は私が求めていた時期に、求めていた愛情を、きっと与えてもらうことができなかった。それを補填するために、いろいろなひとと付き合ってにこにこ笑って、与えてほしいものをばら撒いてもらえるように努力をしてきたのだと思う。好きとか愛してるとか、そういう感情も絶対そこには存在した。これは嘘じゃない。

もう不可能なのに、別なひとからの愛情や、からだの交わりで、自分を誤魔化そうとしている。そのたまっていたツケが回ってきて、私はとんでもなく深い谷に落とされた。自分で突き落とした、というのが正解かもしれない。

 

私が男のひとに乱暴をされたとき、母はいなかった。泣いて泣いて泣いて、ずっと探した。でも、いなかった。朝になったら戻ってきていたけれど、もう遅かった。もう、だめだった。話すことができなかった。

何年か経った今でも話さないでいる。たぶん、これからも話すことはない。

ここに書いてどうなるのって話にもなるのだけれど、書いたらきっと私は泣いて、疲れて眠れる。私のための日記なのだから、私は私のためにここに残す。

 

たまに、思い出す。

泣きながら母を探して、電話して、メールして、母のベッドで泣いた日のこと。

ひとりで婦人科に行ったこと。

コンビニで売っている避妊具を見ただけで吐いたこと。

今はもうなにも怖くなんかないけれど、3,4年前は度々フラッシュバックしてお手洗いに駆け込んだ。

よく生きていられるな、私。

しぶとく生きていれば、いいこともあるよって、自分に言い聞かせられる力はどこから湧いてくるのだろう。

 

今はなにも怖くない。

きれいな記憶で上書きできたらいいのにな、とは思うけれど。

きっとできないから、きれいな記憶のプールでぷかぷかと浮かんでいたい。それだけでいい。

プールからあがったら、そこが嫌な過去で出来た泥んこの水たまりでもいい。

私にはきれいな記憶もあるのだから。

 

お前とカラオケいきてーなって言われて嬉しかったのが、3月2日になってからのハイライト。

私も久しぶりに会いたいな。もうお友達だから、彼にはなにも求めない。愛情も交わりも。ただ、笑って過ごしたい。

 

ゆっくり眠れますように。

日記

木曜日、福島に戻ってきた。

ひとりで生活する、ということには向いているのか向いていないのかわからない。

今の状況で、ひとりでいることが危険だと感じることはあるけれど、ひとりでいることが大事だと感じることも多い。わがままな体と頭を持ち合わせている。

 

なぜだか、ひとりでいたくなくて、木曜日は友人に来てもらった。

アパートではなくて、ホテルで過ごした。

私のアパートはもう誰にも入って来てほしくないほど汚いし、私だけの空間にしておきたい。不可侵領域になってしまった。ここだけは、ひとりでいることを許せる場所だ。もうすこしで、お別れしなくてはならないのだけれど。

誰かと一緒に眠るのは心地いいものなのだとまた思い出してしまって、アパートでひとりベッドにもぐるときは、決まってさみしい。彼と別れたことを恨んでいるとかではなくて、眠りにつくときに"ひと"を感じることがしあわせなのだと思う。

だから、ホテルで友人と一緒に眠れたときは安心しきって眠った。お薬の効果もあるのだろうけれど、カチンとオルゴールが鳴り止むように眠った。友人によると、何度か目を覚ましては友人の服を掴んで、わざわざ体もぴったりとくっつけて寝ていたらしい。それを聞いたときは思わず笑ってしまった。ひとりで眠ることすら、私は苦手になってしまったのだろうか。

 

私はゆっくりと着実に、似なくてもいいところが母親に似てきている。

母親ということばを出すことは、きっとこの場において卑怯な手段だということもわかっている。

だれかと寄り添わなくては死んでしまうと、思い込んでいる。自分の知らない、どこかで。きっと知っているけれど、自分に隠している。甘えや惰性が、私自ら暗いところに突き落としていることもわかっている。

でも、掴んでしまう。相手の気持ちなんて、きっと、これっぽっちも考えていない嫌なやつだな、と思う。

相手も相手でそれさえもわかっているような素振りをする。その上私は、優しくしてもらえるように、悪い魔法をかけて優しくしてもらう。やっていることが下衆すぎる。相手もそれでいいなんて言うように、今の私が仕向けている気がしてならない。きっと読んでいるひとは、???となると思う。私も少しなっている。

ただ、今の私は悪いことをしているよと、残したかった。あとで振り返って、相手が傷ついていたりしたら、しっかりと謝れるように。ここに残しておく。傷をつけたのは私だよって。

 

ベッドには私と、小学生の頃、おじいちゃんが買ってくれたぬいぐるみ(名前は分身)が、くたくたになって横にいるだけ。

分身がたまに私の体温であたたかくなって、まるでだれかと寄り添っている気になっている私が怖い。でも、それで安心して眠れるのなら、それでもいいや。

分身が生きていたら可哀想だと思う。私は毎晩きつくきつく抱きしめて、ようやく眠りにつく。そのようなこと、誰にもしたことない。ぴったりとくっついているだけ。だから、分身はぬいぐるみであってくれて、本当に良かった。

 

気持ち悪いことばを並べてしまった。

昨日か今日のねーさんのブログは綺麗だったから、思い切って書いたはずなのにな。

ねーさんの病気がよくなったら、私がお祝いするね。ねーさんの好きなお酒を買って、ねーさんの食べたいものを私が頑張ってつくったりしたい。それで、病気のことを笑い飛ばして、もう一生近寄ってくるなと追い出してやりたい。

あたたかいお日さまと、いい匂いのする風がふくだけ、それだけでしあわせと感じられるようになったら、私も私だけのお祝いをする。

私は3月1日生まれ。まだ雪深い秋田の、寒さの抜けきらない春に生まれた。ふと、風が花の匂いを運んできたそうだ。春の匂い。だから、春香。いま思えば素敵な名前だ。苗字も合わせると漢字の中に"日"がみっつも入っているぽかぽかネーム。

私は私をあたためることで今は精一杯だけれど、だれかをあたためられるようになりたいな。

日記

おやつが3日ぶりに顔を見せたらしい。私がお布団を被って朝というものから避難しているときに、にゃーにゃーと呼びにきたそうだ。夜にも来たようなのだけれど、足跡が私の車の下までついていて、またお散歩に出て行ったようだった。お魚を焼いて大きな骨をよけておいたのだけれど、にゃーの合図がなくて、私と母は気づかなかった。

 

何度か自分で書いたブログを読み直したりすると、"〜けれど"ということばがとてつもない頻度で出現している気がする。これは性格上の問題なのか。

読み返す度に、なんて卑屈でつまらない奴なのだろうと思う。書いたあとは、ふう、と、一息ついて瞼をとじることができるのにな。

推敲とか、もしかしたら私には向いていないのかもしれない。自分の書いた文章なんて、間違いしかない気もするし、それをいちいち直していたら自分のものじゃない気がする。

このような言い訳じゃあ、実力テストにノー勉で挑む中学生と一緒かもしれない。

私はそのようなところまでずっと変わらずに、こどもでいるのか。

 

昨日はお料理をすこししたことを書いた。

私は小さい頃から食べることがすきだ。おかげさまで、お腹は昔からぱんぱんだ。

父が母と一緒にお蕎麦屋さんをやっていたときは、私も小さいながらに、長芋をすりおろしたり、海老の背ワタをとったりしていた。

海老自体は好まないけれど、天ぷらを揚げるときのぱちぱちと弾ける音や、ふわっと花が咲くように衣がひろがるのを見ていることが大好きだった。今となっては揚げ物のにおいにやられるときもあるけれど、あのときはずうっとかいでいられるくらい、幸せなにおいだった。

母と父が離婚してからは週に2回、父に会いに行った。日曜日は近くの野原へピクニックに行ったり、平日の夜は父のお蕎麦屋さんにごはんを食べに行ったり。山菜や根菜のかき揚げ、歯触りのいいわかめが、小さいときからだいすきだった。私が中学生になったくらいのときに、父はお店を畳んでしまったけれど、たまにつくってくれるお蕎麦やうどんが、今でもだいすきだ。

母と弟と私の3人で暮らすようになってからは、母ひとりで私たちふたりの面倒を見なくてはならなくなった。きっと何かしたかったであろう私は、台所に行っては"手伝う!"と母に言っていた。だけれども、お仕事から帰って来て疲れている母は、私には手伝わせてくれなかった。思えばそれから何年間かは、お料理というものに触れることがなかった気がする。

高校生くらいになってから、母は夜にいなくなることが多くなって、自分でたまにお料理をするようになった。お料理の初級編はきっとスパゲッティだ。私はいつもアラビアータをつくったり、牛乳を使わないでつくるカルボナーラをつくったりしていた。

宮城の大学へ通うようになってからは、あまりお料理の得意ではない親戚の代わりに私がつくることも多くなった。

ひとり暮らしを始めた社会人になってからは、余裕のあるときはずっとコンロに向かっていた。揚げ物をつくったり、蒸してみたり、はたまた出汁からつくってうどんを煮たり。それがもしかしたら、逃げ場になっていたのかもしれない。ゆっくりと、その逃げ場にさえも逃げられなくなったときには、でんわにも出られず、会社と自宅を往復する生活を送っていた。もうコンロなんて触ることすらなかったと思う。彼がたまに来るときに、元気があればなにかつくっていたくらい。"私のためだけになにかをしてあげられなくなった私"は、もうだめになっていた。

昨日書いたお料理は、久しぶりにしっかりと自分が自分へつくることのできた、満足いくお料理だった。簡単なものだったけれど、満足したからそれでいい。

今はまだひとつの作業にしか目を向ける余裕がないけれど、そのうちふたつみっつ、同時に進められるようになるのかな。不器用なりにできたらいいな、と思う。

 

長くだらだらお料理について書いていたら、20分も経っていた。時間というものは怖い。

ゆっくりと眠って、起きたらおいしいものが食べられますように。

日記

2,3日、続いて雨。当たり前に降っていた雪は、いつの間にか、しとしとと音を立てるものになってしまった。

雨は嫌いじゃないけれど、そろそろ春がくるよ、また新しい1年が始まるよ、と、声をかけてきている気がして鬱陶しい。

寒いことには寒いのだけれど、ゆっくりと確実に時間は流れて、植物の芽もほころびはじめる。私も春になったら、なにか新しい芽が出て、ほころぶのだろうか。

 

今週は体調と気持ちの変化が、私のボロ屋めがけてハリケーンのように襲ってきた。藁葺きの屋根は風で飛ばされて、継ぎ接ぎの床は豪雨で浸水した。それなのに、私は生きながらえている。

お仕事を辞めるという決断は、どうにかこうにか"Yes"というベクトルに向いて、進路を進めている。退職願という用紙にも、ペンを走らせた。走るというほどの速度ではなくて、とぼとぼとため息をつきながら歩いているくらいだったけれど。

私は字がそんなに上手ではないけれど、書くことは好きなほうだから、すこしどきどきしながら書いた。一文字一文字慎重に、きれいなちょうちょを捕まえるくらい、そうっと書いた。最後の最後で、印鑑がズレてしまったから書き直しかもしれないけれど、それでもとびきりきれいなちょうちょを捕まえられた気がした。

退居の手続きもすこし進めた。こちらはもう目がチカチカしてきて、もうしたくない。

 

ごはんも食べられるようになった。調子にのって、餃子とタンメンの定食なんてつくったりしてみたりもした。食べても食べても出てきてしまうからだは、すこし身を隠しているみたいだ。その調子で寝静まっていてほしい。

らーめんがすきな私は、食べても食べても出てくるときでさえ、これなら無理してでも食べてやると、何回かトライした。結局出てしまったり、ムカムカしてつらかったのだけれど。今は出てこないしムカムカしないし、最高のコンディションでらーめんを食べることができる。ハッピーだ。

辛いものもすきなのだけれど、お腹がいたくなるからと控えていた何日間。その何日間かを埋めるように辛いものを貪っている。舌がぴりぴりするけれど、心地いい。美味しいものが美味しいと感じられることは、とてもハッピーだ。

ただ音にはまだ敏感で、毎日苛々してしまう。咀嚼する音とか、指先が落ち着かないでカップをカンカンとつつく音とか。

嫌いなひとがたてる音だから余計なのだけれど、とことん品のない奴だなと思う。げっぷやくちゃくちゃと噛む音、聞き返すときの声。何を取っても苛立ってしまう。

私にはもう耳がいたいくらいの音でテレビを観たりするひとだし、距離をとることがいちばんなのだけれど。それはそれで角が立って、母がいちいち声をかけてくることを考えても対処方法が見つからない。

 

あと2週間もしないうちにひとつ歳をとる。

干支が2週目にはいる。

私は小さい頃からずっと、誰かに見てほしくて、頷いてほしくて、褒められたくて、いろいろなことをしてきた。何か進歩はあったのかな。

私が振り返ると、進歩どころか穴だらけで、褒めるところなんて何も見つからない。

いっそやり直したいなと思うけれど、まあ無理な話なのだから、自分を自分で肯定できるようになることが、いちばん楽なのかなと思う。きっとそれがいちばんの難題で、私の内側をボロ屋にした原因なのだと思うのだけれど。

"自己肯定感"なるものが極端に低くて、"承認欲求"が極端に高いのだろうなあ、と自分を観察している。自分の自信のなさを、他人から褒められたり認められたりすることで、漸くほっとすることができるなんて、不便だよな。ほんと。

そこに病気を当てがいたくもないのだから、私は本当にわがままの出来損ないのボロ屋だ。

 

歌詞も音も微妙だけれど、知人が褒めてくれた"Fly me to the moon"を聴いて、今日は大人しく眠る。

私は自分の声があまり好きじゃないのだけれど、褒められて、ああこれでもいいんだ、と思えた。

情けないな。

 

おやすみなさい。

日記

最近、食事らしい食事を摂ると上から下から出てしまう。今も昨日の夜に食べたものが、のどの奥で待機している。こんなからだ捨ててしまいたいなと感じているのは、何回目のことなのだろう。

 

ここのところは雨や雪がずうっと降っていて、私のお部屋の中も、ひんやりと冷たい。あたたかいのは、電源を入れっぱなしにしている電気毛布を敷いたベッドだけ。

 

お腹が痛くても、むかむかして出してしまいそうになっても、楽しいことがあれば笑えていたはずのに、昨日はそうじゃなかった。

誰かとごはんを食べるということがとても怖くて、何か悪口を言われている気がして。

朝早くに目覚めても、下の階に降りたくなくて。

おひさまの出ている時間は、私がお外に出ることを禁止されている気がして。

気持ちにからだを追いつかせようと思ったけれど、そのような体力もなかった。し、からだに気持ちを追いつかせようと思ったけれど、そのような気力もなかった。もうどちらがいい状態でないのかさえ、私にもわからなかった。

立ち上がると猛烈な目眩に襲われるし、座ったら座ったで涙が止まらなくなる。

明日上司に電話して、退職を願うことが、こんなにもからだや気持ちに響いているのかなとか。ここ数日の間に起こったいろいろな出来事が、私の中で悪さしているのかなとか。いろいろなことを考えては、"そのせい"にした。結局原因がほしいのではなくて、私は何も悪くないと言いたいのかもしれない。

 

本当は、誰かに寄り添いたいのかもしれない。

このようなことを言うのは、はずかしいのだけれど。

きっと今の私はヤマアラシだし、誰かを傷つけてしまうと思う。

もうこれ以上、誰にも迷惑をかけたくないよと泣いたことも事実だし。なんなら、テレビの電源を切るように一瞬で死ねたら、最小限の迷惑で抑えられるとも考えたし。私は結局、生きたいのか死にたいのかさえよくわかっていない。

 

昨日はでんわしている最中、突然涙が止まらなくなってしまって、ああこんなに安心して涙を流せるのはいつぶりだろう、とさえ思った。

ごめんね、ちょっと泣いてるねと言った私に、うん、と一言だけ返してくれてありがとう。面倒だっただけかもしれないけれど。

私は患者なのか、友人なのか、どんな風に見られているんだろう。中途半端に優しいから、たまに土下座したくなってしまうよ。

 

明日がくるという事実だけが私を着実に苦しめていて、今ものどの奥が苦しいけれど、しっかりしぶとく生きている。もう、一瞬でいいから死にたい。一瞬だけでいい、一瞬だけ死にたい。

 

ODすればハイになれるかなとも思ったけれど、その後に病院に連れて行かれるのも怖いし、誰にも信用されなくなることも怖いからやめておく。

私はどこまでも意気地なしで、臆病で、へんに真面目なんだ。

 

生きづらい。